第81回多摩独贅の会、マグロで、酒を食む
~うまいマグロのプロローグ~
2001年9月11日。世界が震撼した。アメリカ同時多発テロ。22時ぐらいだったか、CNNが報じたテレビ番組で、WTCが砂上の楼閣であるかのように崩れ去った光景を目の当たりにした。
その頃だったはずだ。西麻布の[BAR マイルエンド]で、寿司勇の先代である島崎庄次郎氏と出会ったのである。
◆
その日も仕事を終えて、バーカウンターで、優し過ぎるバーテンダーを相手に、その日の終いの酒を飲んでいた。隣にはよく見掛ける初老の男。曲がった背中、ジャンパー姿。枠が違うと思わせる身なりだった。
出逢いは愚痴から始まった。
「うまいマグロが食べたい」
「だったら、うちの店においで。うまいマグロを食べさせてやるよ」
外連味もなく、還暦を越えているだろう小柄な男が間髪入れずに話に乗ってきた。
戸惑う私に続けざまに
「マグロは目利きなんだよね。俺が選ぶマグロなら間違いないよ」
どこから来る自信なのか。その台詞が横暴にも、傲慢にも聞こえない言い回し。それでいながらワルを感じさせる強かさも見せない。粋。それが寿司屋。
あとで繋がる話だが、遊び人だった。が、外道ではない。だから、初老になったその時も、時々、目を見張るような美人を連れてマイルエンドに来ていた。遊び慣れているが故の懐の深さだったのだろう。
その男が選んだマグロは、まさに絶品だった。旨味が静かに口の中に広がっていき、柔らかく染み込むように、ほころびながら融けていく。舌の微妙な動きを感じ取りながら、緩急自在に消えて行くのである。
「本当のうまいマグロって、こういうもんなんだよ」
これが当たり前。朝起きたら、顔を洗うことと同じ。日常の中に絶品のマグロがいる。
◆
島崎庄次郎は旅立った。その道を継いで大輔がいる。今回のマグロは二代に渡って、築地[樋長(ひちょう)]から仕入れている寿司勇で行います。
あなたが普段食べているマグロがなんであるのかと思わせたらごめんなさい。上には上があることでしょうが、[下手な黒塀の中]よりも旨いと思わせることでしょう。
限定30名。お早めにs'il vous plait.
0コメント