新潟県の酒

この写真の酒がどうだ、こうだという訳ではない、為念。

いまでこそ違い、新潟県の酒は淡麗辛口、炭臭さえもするようなものが多かった。その是非は置いておく。要は飲み手がもっと他に酒はないのかと探し始めたのである。だから、日本の酒を支えた時代があったと言っても過言ではない新潟県の酒が売れなくなったと言われるようになった。

本当に売れなくなったのか?

最近、食に合わせるということであれこれ飲んでいる中で、大いに興味をそそられた酒と巡り合った。同僚○林からの誕生日プレゼント。それまで飲んだことがない酒。まだまだ探せばあるものだと思いながら、その造りのスペックを見てみると驚かされた。アルコール度数21.5度。笹祝酒造の笹祝・芽でたラベル。毎年、三月のみに出る、らしい。

ご存知だろう、日本酒は酒税法によってアルコール度数22度未満と決められている。一升瓶で216円。それが2006年に酒税法が改正される前までは15~16度未満の日本酒は252円90銭。それ以降は1度上がる毎に1キロリットル当たり9,370円が加算された。日本酒が国酒と言われる所以なのだろう。

話は戻る。

新潟の日本酒が食に合うと思えるのである。もちろん、合わないものもあれば、そういう造りをしている酒が新潟ならずも、日本全国あちこちにもある。

時代背景を考える。

昭和40年代は日本が新しい時代に変わるために、日本各地であれこれと動いた。公害問題、電力問題、道路整備、物流改革、さまざまな法整備。霞ケ関が暗躍することもなく、日本のために動いていたと言われる時代だ。その時代を支えたひとつが[国酒・日本酒]、当時は新潟県の酒だった。

三増酒という目先の利益に走った蔵もあるだろうが、十年の計、三十年の計を考えていた蔵もあった。だから、その当時の[食に合う酒]を醸した。つまり、その[食に合う酒]を醸すことは手慣れたものだった。その片鱗がいまでも受け継がれている。だから、自然に食と合う酒が醸される。

バルサミコ酢やブルーチーズに合う酒もある。その多様性は大いに日本酒の幅を広げた。臭い、残る、オヤジみたいだからイヤだと言っていた若手も飲むようになって来た。酒を飲むという文化が勢いを増して広がっている。決して悪いことではない。

2013年、ユネスコ無形文化遺産に登録された和食。その軸となる[UMAMI]。酒楽会でも二度ほどこの[UMAMI]の話を、入江亮子さんに教えていただいた。いまや、うちのニャンズでさえも旨味を問う。猪口才にも、マズいものには容赦なく砂掛けポーズをする。

その旨味に合う酒と言えば日本酒だと言いたい。もちろん、好き嫌いがあって良いし、合う合わないの個人の違いがあっても良い。大いに意見を戦わすことが更なる[UMAMI]でもあり、[高み]を目指すことになる。

酒は口に入れなければ判らないことがある。含んで吐き出す。それだけでも違いが判る。そうやった学んでいく。最近では約三勺(54CC)売りをしてくれる料飲店も増えている。言えば高めとはなるが、半合でも飲ませてくれる店もある。へべれけになるよりはマシだろう。そうやって多くの酒を試すことをお勧めしたい。

多摩独酌会では、毎回、210種類程度の酒を試飲することができる。多くの酒に触れていただきたい場として使っていただければと思う。

4月16日(日)、いつもとちょっと違う多摩独酌会になるだろうが、いつもと同じアウラホールでお試しいただきたい。

おいしい酒が好き!

なぜ日本酒が好きなんだろう?